2008年06月19日

歴史街道をゆくWebデザイナーその伍

昨日の続き・・・・。


里村紹巴と対面した信長は、俄かには信じられない面持ちだった。


しかし、それを紹巴に悟られるほど演技下手ではないにせよ、

口元が歪むくらいの事は悟られたかも知れない。

毛利攻めのため、五月二十八日に安土を出発するでいた。

それが出立を二日後に控えた今、突然このような密告だ。

連歌会の席の事とはいえ、この紹巴の言である。十分信用するに足るだろう。

信長は京へ上洛した直後の十数年前を思い出していたかもしれない。



永禄十一年、南近江六角氏を観音寺城で降した信長は、

義昭を第十五代将軍に据えるべく、念願の上洛を果たす。

破竹の勢いで侵攻した織田軍は、その余勢を駆い、

畿内で勢力を誇っていた三好勢をも瞬く間に一蹴、

各三好勢はその本拠地である阿波へ逃れるか、やむなく降伏するかの道を選んだ。

わずか、半月間の出来事である。

この新権力者とよく統率された兵の登場に、

京の町衆を始め公家、将軍家ゆかりのものたちは狂喜した。

町衆からみれば、権力者はある意味誰でもよく、

京の治安を守る事が最大の責務であり、

公家、将軍家ゆかりのものたちは、これを機に台所を満たす事が目的である。

いつの時代も権力者の人気というのは、結局のところ支援者自身の利益に帰結する。

そのことで言えば、京の治安を守る気がなく、

むしろ悪化させていたであろう三好・松永党に代わり、

その圧倒的な存在感をもって京の町に登場し、

華麗な武具に身を包んだ織田軍団に自然期待感が集まるのは言うまでもない。

松永久秀をはじめ京における新権力者への挨拶や献上物携えた者が、

門前市を成すがごとく毎日信長のもとを押しかけていた。




Webデザイナーが妄想する歴史街道。
続きはまた明後日。

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